1 休業損害とは
休業損害とは,傷害により仕事ができなくなり,得べかりし利益を失ったことに対する損害で,その発生期間は,原則として事故発生時から傷害の治癒または後遺障害の症状固定日または死亡日までの期間となります(症状固定日または死亡日の翌日以降の逸失利益は後遺障害逸失利益または死亡逸失利益として算定されます)。
事業所得者・自営業者(商・工業,農林水産業及び自由業(開業医,税理士,プロスポーツ選手など報酬・料金によって生計を営む者)の休業損害は,通常,
基礎収入÷365日×休業日数
の計算式で求められます。
2 基礎収入の算定方法(固定費の加算)
事故前年度の確定申告額+固定経費
固定経費とは,休業中の事業の維持・存続のために必要な経費で,地代家賃,従業員の給料,電気代などの公共料金がこれに当たります。これらは本来被害者が負担すべき費用ではありますが,事故による休業のため業務を行うことなくして負担のみを余儀なくされたものであるから,事故と相当因果関係がある損害と解されます。
① 東京地判平成19年7月30日・交民40巻4号1014頁
薬局経営者兼学校薬剤師(女・固定時64歳)につき,営業収入から売上原価を差し引いた184万余に,経費として損害保険料,減価償却費,地代家賃の合計33万円余りを加算した金額を365日で除し,休業日数407日を乗じて休業損害を算定した。
3 無申告,過少申告の場合
申告がないから所得がない,あるいは確定申告を超える所得は禁反言の法理に反し主張自体が認められないというわけではないが,申告外所得の主張は自己矛盾の主張であるので申告外所得の主張は自己矛盾の主張であるので,申告外所得の認定は,厳格に行われるべきであり,収入(総売上高)および原価や営業経費・店舗設備費等の諸経費につき,信用性の高い証拠による合理的疑いをいれない程度の立証がなされる必要があるとされます。
① 大阪地判平成18年2月10日
材木仕入・販売業(男・71歳,右膝痛14級)につき,事故前年の申告所得額は170万円であったが,借入金の返済状況(月々22万円,年額260万円あまりを返済),扶養家族の人数(妻と孫二人)に鑑みると170万円で生活することは困難であり,少なくとも,年齢別平均賃金385万3800円程度の収入はあったものと認定し,基礎収入とした。
② 東京地判平成15年12月1日・交民36巻6号1521頁
建築業者(男・固定時74歳)につき,事故前年の確定申告額は113万円余であるが,税務申告地(東京都)以外の他県(山形県)においても建築業を行っていたが確定申告をしていなかったこと,家族の状況(妻と上の娘は山形県に,下の娘は東京都に居住し,下の娘は被害者の仕事の事務手伝いをしている)等の事情から,賃セ第3巻第16表における企業規模5ないし9人の建設業の男性学歴計・65歳以上男性労働者の平均年収334万3000円を採用するのが相当とし,同額を基礎収入とした。
4 本人寄与部分
事業所得に,事業主自身の働きによる利益のみならず,家族や従業員の働きによる利益や利息収入などによる利益が含まれる場合,休業損害の対象となるのは,事業所得のうち,被害者たる事業主自身の働きによる利益分のみである。
① 最判昭和43年8月2日・民集22巻8号1525頁
「企業主が生命もしくは身体を侵害されたため,その企業に従事することができなくなつたことによつて生ずる財産上の損害額は,原則として,企業収益中に占める企業主の労務その他企業に対する個人的寄与に基づく収益部分の割合によつて算定すべきであり,企業主の死亡により廃業のやむなきに至つた場合等特段の事情の存しないかぎり,企業主生存中の従前の収益の全部が企業主の右労務等によつてのみ取得されていたと見ることはできない。したがつて,企業主の死亡にかかわらず企業そのものが存続し,収益をあげているときは,従前の収益の全部が企業主の右労務等によつてのみ取得されたものではないと推定するのが相当である」と判示した。
この考え方の根拠は,「企業上の収益は,企業主の個人的労務によるだけでなく,企業の物的設備や人的組織を綜合して得られるものであるところ,企業主の死亡あるいは身体侵害によって物的人的の設備・組織はいささかの影響も受けず,個人的労務のみが侵害されたにすぎない」という点にあるとされています(上記最判の判例解説より)。
もっとも,「個人的労務による収益の喪失額の算定方法」は必ずしも明確でなく,個々の事案に応じて算定されることになります。