1 原則
物的損害に関する慰謝料は,原則として認められないとされています。
しかし,民法710条は,「他人の身体,自由若しくは名誉を侵害した場合又は他人の財産権を侵害した場合のいずれであるかを問わず,前条の規定により損害賠償の責任を負う者は,財産以外の損害に対しても,その賠償をしなければならない」と規定しており,人損の場合だけでなく,物的損害の場合にも,財産以外の損害,すなわち慰謝料を請求し得ることとされています。
このような民法の規定にかかわらず,上で述べたように,物的損害に関する慰謝料が原則として認められないとされる理由は,一般的には,財産上の損害が賠償されれば同時に精神的苦痛も慰謝されたとみられるためです。
2 例外としての「特段の事情」
上のような理由で物的損害に関する慰謝料は認められないのですが,例外的に「特段の事情」があれば,物的損害にも慰謝料が認められることがあります。
裁判例で挙げられる「特段の事情」として多く挙げられるのが,以下の各場合です。
ア 被害物件が被害者にとって特別の主観的・精神的価値を有し,単に財産的損害の賠償を認めただけでは償い得ないほど甚大な精神的苦痛を被った場合
イ 加害行為が著しく反社会的,あるいは害意を伴うなどのため,財産に対する金銭賠償を認めただけでは被害者の著しい苦痛が慰謝されないような場合
3 上記アの場合の裁判例
上記アの場合,被害物件が車両であるケースでは,慰謝料が認められることはほとんどありませんが,被害物件が建物やペットであるケースでは被害物件に特別の主観的・精神的価値があるとして慰謝料を認めた裁判例があります。
①東京地判平成16年12月22日・交民37巻6号1760頁(自動車・否定例)
車両損害を受けた被害者が,当該車両は極めて希少性の高い自動車(国内に12台しか登録されていないインペリアルルバロン)であり,被害者の当該車両に対する愛情が極めて高いことを主張し,慰謝料を求めた事案で,「原告車の車両損害が認められ,それによって,原告の財産的価値は回復されたといえるから,精神的損害を認めることはできない」と判示した。
②横浜地判平成26年2月17日・交民47巻1号268頁(建物・肯定例)
加害者が被害建物(店舗兼住宅)が直面する坂道頂上に加害車両を駐車したが,サイドブレーキ等を適切に使用しなかったために,加害車両が無人の状態で坂道を進行し始め,駐車位置から約70メートルの急な坂道の下にある本件建物に衝突した事案で,「原告(被害者)は,本件事故によって住居部分と接続する店舗部分が大きく破壊されたことにより,生活の平穏を害され,これによって多大な精神的苦痛を被ったと認められる」と判示し,慰謝料120万円を認めた。
4 上記イの場合の裁判例
上記イの加害行為に着目したケースとしては,飲酒運転や当て逃げなど加害者側の悪質な事情がある場合に慰謝料を認めた裁判例があります。
①京都地判平成15年2月28日・自保ジャーナル1499号2頁
路上に停止中の車両に走行車両が衝突した交通事故の事案で,「被告は,飲酒運転をして本件事故を発生させた後,そのまま事故現場から逃走したこと,そのため,原告が事故現場付近を探索したところ,数百メートル離れた駐車場に損傷した被告運転の車両を発見し,本件事故の加害者が被告であることを突き止めたことが認められるところ,以上のような本件事故発生前後の被告の態度の悪質性及びこれにより原告が一定程度の心痛を受けたであろうと推認されることに鑑み,慰謝料として10万円を本件事故と相当因果関係に立つ損害と認める」と判示した。